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リュカの日記
by リュカ
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現在午前0時04分。
ジャンプを読んでいるうちに日をまたいでしまってた。

なんか思ったんだけど、俺って思いっきり「人生の流れ」みたいな物を避けて生きてきてるよな。
青春もしなければ、恋愛もしなければ、就職もしなければ、結婚もしなければ、飲み会もしなければ、家庭も築かない。
今挙げたそういうのはそういうのでそれぞれがそれぞれの「幸せの形」なんだろうけど、俺は「そういうの」が昔から嫌で嫌でたまらなくて。
結果、何にも成らずに世捨て人のように生きている。
俺は「人の幸せ」という物が自分に降りかかるのが嫌なのだと思う。
あの子に以前言われたのだが「リュカさんは自分が人間である事を認めてないと思う」と。
そういう事なのかな。
他人からは「何一つ幸せの無い人生」と思われるのだろうが、俺は「人としての幸せ」と言うものを自分自身の手にする事が「怖い」のだ。
理由は分からないけれど、何故だかずっと、昔から。
だから子供の頃からずっと「大人になりたくない」と思い続けてて、小学生の頃にも七夕の短冊に「不老不死になりたい」と書きたがったりしたのだろう。

幸せというのは、自身の成長と切り離せない物だと思う。
同時に責任も伴うし。
俺は不幸にはなりたくないが、幸せにもなりたくないんだと思う。
成長したくないんだよ。
心身的にも、社会的にも。

メガビに書かなくなったので、これからはこの日記に色々思った事を逐一書く事になると思うが、自分一人の空間だけに、こっちに書いてる方が気が楽だ。

俺は男に生まれたけれど、男としての幸せなんて欲しくない。
また、もし俺が女に生まれたとしても、女としての幸せなんて欲しくない。
「そういうの」を一生避けて寿命を終えたい。

「『幸せ恐怖症』って言葉が無いかな?」と思ってググってみたら、あった・・・
何でもあるな、この世の中。
http://matome.naver.jp/odai/2138699242013339701
俺は「人としての幸せ」というものが「しみったれたもの」にしか感じられないところが多々あると思う。
リンク先の「こんなものに人生をかけるなんて馬鹿らしい」というのも、俺に当てはまってると思う。
これもあるかも↓
「E幸せに対する尺度が小さい
『ありえないぐらいの幸せ』=『受け入れられない幸せ』だと思っている」

なんか、一気に自分の中の謎だった正体が一つ氷塊した気がする。

あくまで俺個人の感覚だし、他の人間にとっては全然違うんだろうけど。
俺にとって結婚する事はしみったれてるし、働く事もしみったれてる、出世する事もしみったれてるし、家庭を築く事もしみったれてる。
「こんな事に人生をかけるのは馬鹿らしい」という感覚になっている。
年相応の幸せみたいなものが、全て俺の中じゃ「しみったれた物」になってて。
じゃあ、何に人生をかけるのか?と問われても、そこには何も答えが無い。
結果、何にも成らずに無為に日々だけ重ねてる。
そして過去ばかり振り返っては「あの頃に戻りたい、あの頃に戻りたい」と願い続けてる。
「今」を全く楽しめない。
「今」を全力で楽しめたのは、思春期を迎える前の子供時代だけ。

俺が中学生の頃、タバコを吸い始めるようになった動機を思い出した。
もちろん「かっこつけたい」というのもあったんだけど、一番の動機は「少しでもいいから寿命を縮めたい」という物だった。
中学生の頃から、俺は既に人生に絶望してたんだな。
何故なら、もう子供の頃には戻れないから。
結果、中学生らしい健全な青春の楽しみ方を何一つ味わっていなかった。

ちょっとだけすっきりした。
自分の正体が一つに繋がったみたいな感じで。
俺自身、自分で自分が何なのかよく分かっていなかった。
ショタコンだという事以外。

さて、正体が分かったところで。
これを家族たちに打ち明けてみたところでどうなるだろう。
「俺は幸せ恐怖症なんだ」と打ち明けてみて。
「なら、一度本当の幸せを味わってみたらどうだろう?」という話になるだろう。

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07月15日(火)
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