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リュカの日記
by リュカ
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今日は午前6時半頃に目が醒めた。
古い方の神戸の実家に居る夢を見た。
そこに、「小学6年、△○連合」と名乗る子供が居た。
昭和58年生まれで、俺の1個下だと言っていた。
△○連合というのは大阪のヤンキーグループで、俺も名前だけは知っていた。
いかつくて不細工な顔をした子供で、将来どんないかついヤクザ顔になるか想像出来るような子供だったけど、子供は子供。
俺は「俺、その近所に昔住んでたよ」と伝えた。
部屋を暖めてやったり、色々としてた。
すると親父が出てきて、俺を散々罵倒してきた。
俺が「こんだけ寒がってるんだから」と理由を説明しても、罵倒罵倒。
俺もブチギレ「死ね、糞親父!!!」「お前が死ぬまで一生口聞かん!!!」「お前が死んだ後、俺もお前もあの世に行っても永遠に口聞かん!!!お前とはもう永遠に口聞かん!!!」と言った。
母親が出てきて「あんたは悪くないけど、お父さんも悪気があって言った訳やない。お父さんも誤解してるんや」と言ってきたけど、俺はそれでも親父が許せなかった。
夢から覚めた。
何か、残念な気がした。
夢の中とはいえ、これだけ親父に悔しい思いをさせられたのに、結局全部夢だったので、それを現実の親父にぶつける事が出来ないんだ、というのがとても残念で。
そんな感じ。

去年の日記で、12月27日、数年前にポストに俺が中退した大学から「大学を中退した方々にお伝えします。通信教育で大学を卒業してみませんか?」というお知らせが着ていて、それを捨ててしまって、それ以来その封筒が来なくなってしまった事について触れていた。
一度捨てても、何度も何度も送られてくる物だと思ってたんだけど、誤算だったな・・・
年間100万円の学費が、通信教育なら34万くらいになったっぽいのに。
残念で仕方がない。

母親に電話した。
「9時過ぎにはそっち着くと思うから、神戸の家行っててええで」と。
母親は「ありがとう、ありがとう」と。

現在午前9時05分。
病院に到着。

俺と入れ違いになる形で母親は神戸に向けて病室を出て行った。
俺が親父に「今日親父と喧嘩する夢見たわ。めっちゃ言い争ってた」と言うと「何で争ってたんや」と言われたので、「子供が寒がってたから俺が部屋暖めてやってたら親父が文句言いまくってきた。それで俺が『何で俺が文句言われなあかんねん』って言って喧嘩してたわ」と。
親父は「そんな事で俺が文句なんか言うかい」と言い、俺は「まぁ、夢やからな」と。
親父は「○○(俺の名前)とはよう喧嘩しよったな。喧嘩なんかしても、何もええ事ない」と。

病院の外でタバコを吸っていたら、火のついていないタバコをくわえた病院着を着たおっさんが近づいてきて「ライター貸して」と言ってきたので、タバコに火を付けてやった。
俺が「付いた?」と聞くと「付いた。ありがとう」と言い、おっさんはどこかに歩いて立ち去って行った。

現在午前11時32分。
親父は機械浴の為に看護士さんたちにストレッチャーで運ばれて行った。

城崎の、俺にだだ甘な伯母がお見舞いに来てくれたので、2人きりの時に色々話した。
伯母が「○○君、お母さんやお父さんからきつく言われたりしてきたやろうけど、それも愛情表現やねん。私もT(伯母の息子、長男)の事叩いてきたし、Tも私の事『鬼か悪魔や』って思ってた時期もあったみたい。私は『私は本当は叩きたくないねんけど、あんたの為なんや』ってお尻ペシペシ叩いたりしてた」と言ってきたので、俺は「そんなん全然可愛いもんやんw殴ったり蹴ったりした事あるか?」と言い、伯母は「いや、殴ったり蹴ったりした事は無いわ・・・」と。
そこから、俺は母親と父親からどういう風に育てられたのか、という事を伯母に洗いざらい話した。
でも、全部は話し切れてないな。
話そうと思うには、俺は数えきれないほどの虐待を受けてきたので、全部を話そうと思っても話しきれない。
大雑把な事だけ話した。
俺が親父に家を追い出されて、家のドアに鍵をかけられて、裸足のまま外に放り出されて寒い公園で過ごす事が多かった事などを話すと、伯母は「それは育て方としてはえげつないわ・・・」とドン引きしていた。

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12月28日(土)
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