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リュカの日記
by リュカ
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■
「踊る大捜査線」のDVDを観ているうちに日をまたいでしまってた。
現在午前0時15分。
誕生日の翌日から、今日でちょうど1週間。
早いな・・・
親父に反発しまくってきたこの俺だけど、信じられない事に親父に懐いていた時期があったんだよな。
幼少の頃、今から見たら大昔の事だ。
「パパー!」だったか「お父さーん!」だったか、親父に遊んでもらいたくて仕方なかった頃が俺にもあった。
怖い夢を見た時は親父の布団にもぐりこんで一緒に寝たり。
母親は虐待してくるので怖かったから、当時の俺は完全にパパっ子だった。
でも、親父からは「邪魔や!」みたいにあしらわれていた。
当時、親父仕事一筋って感じだったもんな。
俺が10代になって、親父に食事や遊びに行くのに誘われる事も何度かあったが、「何を今更・・・」みたいな気持ちで全部断るようになってしまった。
俺が保護観察を受ける事になって、母親が保護司の先生に「この子は父親の事が嫌いなんです」と説明し、そこで初めて「そうか、俺は親父の事が嫌いなんだ」と自覚するようになっていった。
当時、俺と同世代のギャルたちの間で「父親は汚い」「嫌悪の対象」みたいな風潮になっていて、それに影響されてしまって心理的にも生理的にも父親を嫌悪するようになってしまった。
「触れるのすら嫌」みたいな。
それが、今の俺の父親に対する感情の根幹になっている。
はぁ・・・
何でこうなったかな・・・
現在午前1時38分。
メッセの子がオンラインになった。
現在午前5時10分。
メッセの子が寝落ちした。
メッセの子と色々話した。
俺が幼少期はパパっ子だった事とか。
メッセの子は「意外ですよね」と言っていた。
俺は幼少の頃は、映画の影響か覚えてないけど、仕事に出かける父親に毎回「握手とチュー」と言って、握手してほっぺたにキスをするくらいのパパっ子だった。
あの頃の、親父のほほの髭のジョリジョリした感触は、未だに記憶に残ってる。
それが、10代半ばあたりから20代前半にかけて親父を強烈に嫌悪するようになってしまった。
10代の頃は、メディアが取り上げるギャルたちの影響を受けまくって、父親を「不潔」「気持ち悪い」と思い込むようになってしまって、20代の頃はショタコン親父が多かったから、親父を含めた中年男性全般を嫌悪するようになってしまって。
「触れるのも嫌」状態。
10代半ば、20代前半の頃に根付いた親父に対する嫌悪感が未だにぬぐえなくなっている・・・
「今日は親父抱き起すの手伝ったりしたけど、本来触れるのも嫌、みたいな感覚になってしまってます・・・」と。
もう、俺自身おっさん、中年になってしまった訳だから、こんな感覚無くていいのに・・・
俺は「せめて親父が死ぬ時には、握手とチューって出来るくらいまで嫌悪感薄れてるといいな。実際はそんな事しないし、親父も今の俺みたいなおっさんにそんな事されてうれしい訳ないから。気持ちの問題だね」と。
メッセの子は「手握ってあげるくらいできたらいいんですけどね」と。
俺は「なんか、昔海外の事件を取り上げてるバラエティがあって、強盗目的で拳銃撃った犯人と、撃たれた被害者を対面させて、握手するってシーンがあったんだよ。で、被害者の方は握手した後、その手を自分の服でぬぐってふいてたんだよね。嫌悪感なんだろうね」と。
続けて「俺も今日、親父を抱き起した後、トイレ行きたくなって、用を足す前に手を洗ってしまいました。嫌悪感がやっかいです・・・」と。
酷いだろ?
続けて、「でも、親父のお古の上着、チェック柄の黄色いシャツは着てるんだよ」と。
メッセの子は「これはもうしょうがないですよね」「長年で根付いてきた感覚だし、短い期間で簡単にどうにかできるものじゃないと思います」と。
俺は「俺が50になっても親父と付き合っていけるなら、肩組めるくらいまでなれると思うけど。もう時間もそんなに残ってないだろうしね・・・」と。
俺、母親なら触れても大丈夫なんだよ。
でも、親父が無理で。
あんなにパパっ子だったのに・・・
メッセの子が言うように、せめて親父が逝く時には手を握るくらいはしようと思ってる。
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12月03日(火)
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