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リュカの日記
by リュカ
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今日は午前2時半前に目が覚めた。
そのまま、横になって十数分沈み込んでた。
結局、俺にはこの耐えられない現実を、どうする事も出来ないのだ、とか。

俺は毎日日記を書く。
これについてよく思うのだが、
また、今も思ったのだが。
こうやって、毎日自分の感じたものを纏め続ける、という行為は、決して今の自分の為になるような事ではないんじゃないか、と。
何と言うか、自分の意識に無理やり統一性が作られてしまい、価値観が育たなくなってしまう。
昨日の授業でも習ったが、
精神療法用語で「煩悶期」というものがある。
授業では、意図的にこの煩悶期を作り出すという治療方法があるのだ、という事を教えていたが。
ある心的外傷を持つクライアント(治療依頼者)に、横になって眠る事以外を許さない生活を強いる。
話しをする事を許さない、散歩をする事を許さない、音楽を聴く事を許さない、テレビを見る事を許さない、書物を読むことを許さない、気分転換をする事を許さない、自分の気持ちを吐き出す事を許さない。
ただ横になってボーっとしている事しか許されないクライアントは、する事と言えば自分の内面に沈み込んでただ考え続けていく事しか出来ない。
そうすると、普段は気にしないようにしている事等、色々な事について悩み続ける事になる。
悩んで悩んで悩んで悩んで。
これを「煩悶期」と呼ぶ。
これだけだと、欝を作り出すのに絶好の環境に思えるけど。
治療では、そういった生活を1週間ほど続けさせた後、クライアントに軽作業をやらせたり。慣れてきたら重作業をやらせていったり。
そうやって、社会復帰を図らせるらしいのだが。
自分が引きこもったり、ネットで吐き出したりするようになる以前の生活を思い出す。
何もやる気が起きなくて、ただ考える事以外はしたくなかった。
ずっと布団の上に横になり、悩み続けて苦しんで。
そんな生活が何ヶ月も何ヶ月も続いてた。
そうしていると、自分の意識の中にある形が浮かび上がってくるようになる。答えというか。
苦しんで苦しんで苦しみ抜いて浮かび上がってきた形。
それが価値観だ。
今度は、その価値観を元に色々と思い込んだり苦しみ続けたりする事になるのだが。
なんか、自分はそうやって苦しみ続けていないといけない気がする。
今の自分は何かが違う。違和感というか。本来の意識状態じゃない、というか。欝になって苦しみ続けていないと自分じゃない、みたいな。
いくら吐き出したところで吐き出し足りないくらいの激欝の最中なら、こうやって日課として自分の感じるものを吐き出していくのもいいだろう。
でも、今のような中途半端な状態で、こうやって毎日のようにダラダラと感じるものを吐き出し続けていくのは、何だか間違っているような気がしてならない。
でも、俺のような人間は、こうやって既に日課になってしまっている事を取り上げられるという事に、強いストレスを感じてしまう。
いつもしている事をやらないと、不安になるのだ。
その結果、俺は今日までずっと書き続けてきた。
そして、何も生まれない。価値観が育たない。
書き続ける。育たない。育たない事に不満を感じる。書き続ける。育たない。不満を感じる。こういった悪循環に陥っているのがここ数年の現状だ。
本当なら、自分の意識や価値観が壊れてしまった数年前に、日記を書くのも辞めているべきだったのだ。
少なくとも、強く纏わり付いて離れない、新しい意識が心に根付いていくまでは。
だけど、自分は今日まで日記に綴り続けた。
辞めないとな、と思うんだけど、多分この先も書き続けてしまうんだろうな・・
典型的なA型人間というか、神経症というか。
自分の習慣から離れる事が不安になるのだ。
コンビニやファーストフード店に行っても、いつも買うものは同じだし。
レンタルビデオ屋に行っても、いつも借りてくる本数は同じだし。
「日記では『吐き出しても吐き出し足りない事』を吐き出し続けるべき」という意識があって、そうなるためには日記を書く習慣を一時的にでも無くさなければならない。
吐き出す事で消化されてしまうような事があってはならない。

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05月02日(火)
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