ID:14142
リュカの日記
by リュカ
[597078hit]


適当に2chなどを見ていて、イジメに関するスレに行き当たった。
そのスレの中に、ある男子校に通う小柄な男の子が受けたイジメが書かれていた。
安全ピンを皮膚にいくつも突き刺されてて、そのまま肉ごと引き千切られた、とか。
上半身裸にされて、ストーブに体を押し付けられて肉が焼きただれたとか。
何だろうな、一般的に直接性的表現に繋がらないせいか、具体的な内容を書き綴る事に抵抗が少ない。
一般的じゃないので、抵抗が少なくなるのも、俺の中にある卑怯な誤魔化し感情のせいだろうな、と思う。
「陵辱」を「悪戯」と言ったり、「欲情」を「萌え」と言ったり、「買春」を「援助交際」という言葉で軽いモノに見せ掛けようとする、ショタコン親父の卑怯な心理だ。自分の今の発言が、何だかそれにかぶって見えた。
胸糞悪い、汚い部分が残っている。
話がわき道に逸れた。
俺がマクドで好きだった男の子が男子校で、学校のストーブで背中の肉を焼いてしまって肉ごと剥がれた、みたいな事を言っていたのを思い出した。
その子がイジメに合ってたかどうかまでは知らないけど、何だか今日見たスレと酷似している。
「もしかして、あの子の事なんじゃ・・・」と思った。
「厭だな・・」と感じる一方、イジメ内容は陵辱じゃないけど、どこかで萌えてしまってもいた。
厭だと感じる感情が、自分の持ってる欲望より強い、という今までのバランスが崩れていくのが感じられる。
下腹部の内側が疼くみたいな感じになって、いくら処理しても拭いきれない。内側を直接タオルか何かでゴシゴシこすってやりたいような、ムズムズして気持ちの悪い感覚だ。
最近ずっと、欲求を感じても全て惰性みたいな感じだったのに、惰性じゃない今のこれは欲求不満の感覚だろうか。
こんな感覚になる事は、もう何ヶ月もなかったのにな。
その感覚が、精神的圧迫感に繋がっていくのが感じられる。
俺の欲求の本質は、少年の恥辱ではなく痛みであって、それが直接的に意識されてしまったので、それまでソフトなつもりで誤魔化し擬似化され意識の奥底に押さえ込まれていた欲求が、その話で刺激されて本質的な嗜好として蘇ってきた、とか、そんな感じなのかもしれない。
少し自己分析。
文章変だ。上手く言葉でまとめられない。
肌を痛めつける。裸を傷つける。肉を汚す。
ダメージ、影響を与える、とか。
「厭だ」という意識とは別の感情で、今全然落ち着かない。
その"落ち着かない"が不快感。

道徳的に「悪い事だ」と分かっているから、嗜好が誤魔化されてソフトになっても、それはむしろ「善し」にできる。
それなのに、『むず痒くて落ち着かない』が付きまとう。気持ち悪い。
こんな事、本当に何ヶ月もなかった。
性癖の事で悩んでた時はしょっちゅうっぽかったけど、少なくとも半年以上はなかったと思う。
そういえば、あまりに不快感が酷いので、どっかで去勢とか考えてたな。
精神性で無事とか保護とか、欲望とは別の事を強く望むようになってから、この感覚が無くなるようになったと思う。

午後7時頃に目が覚めた。
寝起きからなんかキツイ。
興奮したりする時点で「嫌だ」と思えているのかどうか、となるけど、
タイプの少年が、そんな少年以外の奴から色んな目に合わされている現実が厭で厭でたまらない。
いくら考え続けても、何年悩み続けても、その現実から逃れる事はできない。
腐った現実は存在し続ける。起きた事実も変えられない。
人生糞だ・・・・

大河ドラマ「義経」を途中から観た。
脚本がコメディ作家の三谷幸喜じゃないからか、同じ大河なのに雰囲気が全然違う。多分こっちが本来大河が持ってる雰囲気なんだろうな。
主役の男の子が可愛かった。
先週第一回目の放送を観忘れていたので、このドラマはちゃんと最後までまともには観ないと思う。
個人的なイメージだけど、昔の人間はどこか達観した価値観を持って、物事を悟っている、という印象があった。
現代になっても残り続ける、昔ながらの風景などが映し出されたりすると、何となくそんな印象を受けたりする。

[5]続きを読む

01月16日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る