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リュカの日記
by リュカ
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コナンのサントラを見つけたので、久しぶりに聴いてみた。
数年前によく聴いていて、色々浮かんできたので当時の雰囲気に浸ったりした。
10代中頃まで日常化するほどしてきたような事を、今の自分はできないんだろうなというのが何となく理解できて、少し寂しい気分になる。
17.8歳の頃ならまだ、「その気になりさえすれば出来るんだ」という意識はあったけど今は無理だ。
それらに対し、当時は当時で価値を置いたりしてなかったし、今の自分から見てもくだらないような事だけど、何となく全然違う人間になってしまったんだなと感じた。
でも、何を始めていたとしても、物事に浸る事へのくだらなさですぐに冷めたりする事が殆どだった。
周りが夢中になっていたので、若者の遊びらしく自分もバイク(原付じゃない)やギターにハマったりしてみようかなとした時期もあったけど、合わせる事の馬鹿馬鹿しさにすぐに息を詰まらせたり。
独自に趣味を追求してみる気もなかったし、個性にも協調性にも第2次協調性(個性気取りの奴らに合わせる事、ただの造語)にも興味がなかった。
同級生に再会した時などに近況を話すと、生き方変わりすぎだし波乱万丈だな、みたいな事を言われる事が多かったけど、俺からしたら何をしていても薄っぺらかったし、なんか、本当に虚しい人生歩んできたな、と感じる。
小5の時と中1の時だけ楽しかった。その頃だけ、虚しくなかったような気がする。
近所の友達で集まってゲームしたり漫画読んだり、悪い事したり野球(遊びの)したり泥ダンゴ作ったり下水道に基地作ったり。
それでも、自分自身が感じていた、10代特有の空気感は特別だったし、惜しむ気持ちも持っている。
今日は午後に目が覚めた。
近所の神社に初詣に行ってきた。
久しぶりに自転車に乗ったのだが、パンクしていてこぎ辛かった。
原付で行けばよかったなと思った。
自転車のキーホルダーが壊れていたようで、こいでいる間に半分ほど取れて失くなってしまっていた。
賽銭箱の前で3つほど願掛けした。
おみくじは中吉で、内容はあまり良くなかった。
確か「願い事 かなわず」「待ち人 こず」みたいな感じだった。
屋台で昼ご飯を食べた。
たこ焼き500円、たい焼き150円、広島焼き600円を食べた。全部「焼き」だな。
たこ焼きの起源はいつの時代からなんだろう、とか考えた。
帰り道で、中学時代は好きな後輩とこういう場所とか色んな場所でデートしたいとか思ってたな、と少し思い出した感じになった。当時の自分からしたら夢のように嬉しい事に感じていた。
昨日寝る前聴いたサントラのせいか、少しノスタルジックになる。
何か虚しい。子供の頃に戻りたい。
好きだった後輩とかそういう子がどういう生き方をしてどういう人生歩んでるのかな、とか頭の中で捏造して妄想に浸ったりした。
今度は、種類を問わず感情が沸く事が息苦しく感じる。
自分であれ他人であれ何かに興味を持つ事が息苦しい。
自分は本当に駄目人間だと思う。
精神構造が人生楽しむようには出来ていない。
音楽を聴いていても鬱陶しくなってきた。
何かに浸る事が嫌に感じて息が詰まる。
色々な情景を思い浮かべてみても、雰囲気を楽しもうとしても、色んな事を望もうとしても息が詰まる。ダルい、ウザイ、めんどくさい、息苦しい。
こんなので、何を望みたいのか分からない。
切ない感覚が嫌いなのかもしれない。
叶って欲しい事が叶ったとしても、それはそれで息苦しくなったりするのだろうか。叶えたいという事自体、自分の中ででっちあげた建前のように思えてくる。擬似感情で誤魔化して、人生に夢中になれているんだと納得しようとしている部分もあるのかもしれない。これから先、自分が生きていくための理由付けがしたい、とか。
何かに興味を持ちたい反面、何にも興味を持ちたくないと感じている。
それが俺の本質なのかな。
人生を送っていく事自体が嫌なのかもしれない。
息苦しい、無になりたい。
無気力=無感覚というイメージが沸きやすい気がするけど、無気力は無気力で無気力感みたいなものを感じてるんだな、とか考えた。
惰性というか、冷めすぎた感覚が嫌になる。
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01月03日(月)
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