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リュカの日記
by リュカ
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そういえば、「自分は昔から人間に対して潔癖症なところが強かったな」的な事を思い出した。
それは今でも続いている。
自分よりは清潔だから、どうこうじゃない。生理的に嫌なのだ。
人間を汚い動物(人間の内面どうこうだけじゃなく)に感じているのは幼い頃から続いている。
幼い頃は、周りから自分を綺麗な生き物みたいに思わされる事が多かったので、その反面か「じゃあ、あんたらは汚いんだな」という意識が根付いてしまったのかもしれない。殆どギャグだな。
あとは、「○○(誰かの名前)菌が移るからタッチ」とかいう遊びもはやっていたので、その影響もあるのだろうか。
家族に対してもそうだし、見ず知らずの他人に対してもそうだ。
あまりに日常化しすぎているので、普段から特にそれを意識しているわけではないのだが。
人が触った物には触りたくない、とか。
ドアの開け閉めをするだけで、すぐに手を洗いに行ったり。
でも、自分自身には感じない。当たり前だ。
自分には常に内部も含め接触している状態なので、自分に対してそれを感じるなら生きていけない。
日に20回は手を洗っていると思う。
多分、俺より何倍も清潔にしているイケメンや美少女等と握手しても、無意識に手をこすったり洗いに行ったりしてしまうだろう。
自分の欲求にしろ、ショタコンになる前の頃を思い浮かべてみると、常に第三者的な感覚で捉えていた部分が強かったと思う。それが「当たり前」になっていた。
人体は汚いから自分で触ろうとは思わないけど、他人に傷つけられているのを観ると興奮する、とか。
女は綺麗だ、という風潮がある。
「綺麗なんだと感じなさい」的な社会的意識のせいか、余計に粗を探したくなっていく。
「女だって便所に行くし、別に綺麗な生き物じゃないだろ」的に、風潮があるせいか余計に汚い生き物に見えたり。
中学時代とかを思い出してみても、周りがいやらしい話をしているところに巻き込まれたりすると「何でそんな女の汚いところを触ったり舐めたりして、さらに汚い事をして、さらにそれを喜んでみせなければならないんだろう」といったストレスを感じていたと思う。
サディスティックなものに興奮を覚えても、いざ自分が触ってそれをしてみなさい、というと話は別になったり。
俺が潔癖を感じるのは、主に人間と蟲だ。
俺が物質として嫌悪を感じないようになった人間は、タイプの少年が初めてだろう。
質から何から、人間とは全く違うものに感じられる事ができた。(それも単なる思い込みのせいだろうが)
だから、タイプの子がタイプの少年意外に汚される、とかいったものに人一倍敏感になったりしていたのには、そういった面も含まれていたのだと思う。少年だと「綺麗だと思いなさい」的な風潮もなく、さらに健気なので、余計に綺麗に思えたり。
男の中年が一番汚い物質に感じる。
俺はタイプの少年が汚される事が何より嫌だ。
特に、自分にとっての一番綺麗な存在が、自分にとっての一番汚い物質に汚されるのが耐えられなかった。
少し自己分析をしてみた。
最近は、少年を物質的に綺麗なものに感じる事が出来ているのかどうか、少しあやふやになってきている部分もあるが。
どうにもならない事が前提になっているのに、それをどうにかしたいと考え出して行くと、底が見えなくてどんどんキツくなっていく。
どこまで考えていっても、その事実は変えられず、その変えられないものを変えたくてまた色々と考え始める。
絶対に「そんな目に合ってなかった」じゃないと気が済まないのに、それでも実際にはそういう事になっていて、、と、嫌になってくる。
今日は、普段意識しないような自分の内面を突き詰めて、それに対するストレスも強い。
今まで、無理に自分を単純化しようとし過ぎていた部分もあったかもしれない。
1つの要素や理由からじゃなく、いくつもの要素で共通して追求する物事を、自分の1つの意思の方向性としていた、が正確だ。
少年が汚されるのが嫌な理由も腐るほどあって、全部言葉で表しきれないし、自己矛盾も多い。
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12月27日(月)
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