ID:14142
リュカの日記
by リュカ
[597137hit]


親が作っていたチョコレートケーキを食べるのをすっかりと忘れていた。
午前0時をまわってからケーキを食べた。
夕飯はチキンだった。
話は変わって、日本は「恥の文化」で、西洋は「罪の文化」なのだという事を、何かの授業で聞いた事があるのを思い出した。
よく「世間様に顔向けできるように」といった言葉を耳にするのも、その恥の文化からくるものだという。
西洋は、映画などでよく「ああ、私の罪をお許しください」とお祈りをする場面を見かける事が多いかな。
日本的な考え方は「じゃあ、その恥さえバレなければ何をやっても大丈夫だ」と、そんな感じなんだろうな。
自分にも当てはまる。
以前の俺が少年を襲わない理由として「性癖がバレるくらいなら死んだ方がマシだ」と。
抑止力になっていたものが「恥」なわけだ。
今の俺にとっての理由は、実際に襲われた少年が苦しんでいるのを直に話しを聞いたから、というのが大きい。もちろん恥も含まれるだろう。
あとは、「少年さえそんな目に合わないでくれたら、自分の内面を全て解決できるのだ」といった漠然とした意識。
罪というより、それによって作り上げられた自分の中での決まりのため、という感じかもしれない。第一、欝のない今、精神的にそこまで切迫した状況ですらないわけだ。

とりあえず、いかにもRavenって感じのHPにしたから『ここ』にリンクしとく。
雰囲気だけで、内容自体はまだ薄い。

岡田あーみんという漫画家の「お父さんは心配性」という漫画を昨日から読んでいる。全6巻詰め合わせをMXで落とした。
その前に読んでいた「ジョジョの奇妙な冒険」第5部は昨日読み終わった。面白い漫画だった。
その後すぐ、この「お父さんは心配性」を読み始めた。
昔母親が買い集めていた「ちびまる子ちゃん」に、さくらももこと岡田あーみんの合併漫画が載っていて、それが面白くて興味を持った。
実際落として読んでみると、そこまで楽しい漫画でもない。
この漫画に出てくる変な「お父さん」の行動に対し、ちびまる子のナレーションがツッコミを入れるから面白さが広がっていただけで、単体で読むと大した事ない。
笑えそうなところで、無理に声を出して大げさに笑ってみた。
無理やりにでも、「楽しんでいるんだ」という気分にさせる。

元々、欝を失くす事自体は簡単な事だったのかもしれない。
自分の中で納得できる条件を見つけ、少年に対する特別だという意識を切り離せばいいだけだ。
本来、どんな物事に対してでも不謹慎な目で見てきていたような人間だ。
性癖が不謹慎なものに変わっていく事にも抵抗がなかった。
不謹慎すぎて、身近な他人事に対してもあまりに何も感じな過ぎたり。
その反動というか、物事に対して価値を見つける事が困難で、何をしていても虚しく感じる事が多くて、とそんな感じだったかもしれない。
中身が薄い中途半端な人生を送ってきたように思う。
自分の人生について目標も信念も持ったことがなくて、将来やら何やらを真剣に考えて見る事さえなかった。
中途半端過ぎる人間だと思う。
そんな中で強い意識を持たせてくれる存在になったのが少年で、少年を絡めて考える限りは、どんな事にも価値や重さを感じる事ができて、とか。
色々な事に意味や価値を持たせられる。
あの子が認めているものだから善いものなんだ、その子が嫌がるものだから憎むべきものなんだ、とか。
欝を失くすためには、そういった少年に対する意識を切り離してしまわなくてはならない。ほぼ「捨てる」と言っていいだろう。
よく耳にする言葉で「失くしたものは戻ってくるけど、捨てたものは戻ってこない」と、それが意識のどこかに根付いていたので、俺は少年について強く意識する事を辞めなかったのだと思う。
それを切り離してしまえば、中途半端で不謹慎な奴に成り下がってしまうのが自分でも分かっていて、どれだけ欝で苦しくなってもそれだけは捨てまい、としていたのかもしれない。
少年に対して何か納得できる事きっかけさえあれば考えるのを辞められる、とそれがゴールみたいに感じていたり。

[5]続きを読む

12月25日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る