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リュカの日記
by リュカ
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昔見かけた可愛い男の子が印象に残っていたので、少し再現。
同級生っぽい奴との容姿の差がハッキリしていて、本当に可愛かった。輝いてる。


今日は午前8時20分頃に目が覚めた。
メッセの子が塔のてっぺんにいて、サイヤ人が梯子を持って飛んで行き、レスキューしようとしている夢を見た。火は見えなかったけど、火事だという設定なのだろうか。
あまり内容がハッキリしない。
梯子に伝わった熱のため、梯子を掴んでいた手をその子が離してしまって落下していき、何故か俺もその浮遊感を感じていた。
一方、このまま落ちていくその子にぶつかって落下速度を緩めるべきか、それとも直に数十メートル下のマットまで落とした方がダメージが少なくて済むのか、という思考が働いていた。
レスキューする方とされる方、両方の意識、感覚が同時に感じられていた。
学校へは1時限目の途中から参加した。
デザイン論。ずっと机に突っ伏してすごした。出席は取れた。
2時限目。日本語文法論。半分聞いてノートも取った。
昼休みになり、図書館で「カリガリ博士」という古い映画を観た。
以前、映像論の授業で紹介された映画だったけど、よく分からない内容だった。
3.4時限目。彫刻。まじめに作った。
授業が終わり、また図書館に行った。
「ネバーエンディングストーリー2」があったので観た。
主人公の男の子の顔が、スクリームのネーヴ・キャンベルそっくりだった。
子供の頃からよく知ってる映画だけど、内容はイマイチだった。
学校に居る間は色々考えたりしてたけど、どんな事を考えていたのかハッキリ思い出せない。ただ、凄く不愉快だった。

以前は、男の子と話す時は極端なまでに言葉を選んだりしていたと思う。
男の子に限らないが。
俺自身が欝に対して敏感だったので、関連付けられそうな言葉は全て除外して言葉を選んだ。
タイプの子に対して、その言葉で欝になられるのも、その言葉を認められるのも嫌だったからだ。
タイプの子以外に俺が使いたがらない言葉を使った場合、その言葉を軽く流されると許せなくなる事が多かった、というのも理由だ。
誰と話す時でも嫌いな言葉を避け、関連付けられる言葉自体を嫌悪していた。
最近、意識が中途半端になっていって、大して言葉を選ぶ事がなくなったように思う。無神経になった。
男の子にそういう目に合って欲しくない理由、自分の欲求について考えた。
俺は男の子が悪戯されたりする事に対して、興奮もする。
好きな子、または好きな子に似た少年が酷い目に合わされたのだ、という事に対して辛い感情も悲しい感情もある。その中には、萌えたり高揚したりする気持ちも含まれる。それを普段は必死に押し込めて、うやむやにして見ないようにする。
俺の欲求について。
俺にとって、性欲とは相手の苦しみ、屈辱、悲しみ、痛み、恥辱、汚す、それらが伴う事以外にありえなかった。
ずっとそれが普通だった。
単純に触りたいとかいう欲求もあるけど、俺の中で、触られる側というのはそれを嫌がるものなのだ、というのが常識になっていた。
欲求を満たすという事は、相手を苦しませる事なのだ、というのが俺の中での常識。
相手が苦しむ事に興奮する。
欲求を満たす事に対して愛とかそういう感情が伴う事なのだ、というのは考えられない。ただの欲求の美化、正当化だ。
欲求を満たす事は悪いことだ。後ろめたい事であり続ける。
傷つけたい、苦しめたい、辱めたい、汚したい、俺にとっての性欲とはそういう事だ。
男の子に酷い目に合って欲しくない理由。
まず、それだけの綺麗な存在が汚されるなんてのは考えられない。
それを妄想して自慰をするのは、俺がショタコンになって以来ずっとそうしてきた事だけど、現実にはありえない、自分の中の脳内妄想でありつづける。ありえない事だからこそ余計に求めたりしてたのだろうか。
少年に恋愛感情を持って以来、そのありえなさは苦痛だ。
同時に、そのありえなさは俺の欲求の本質でもある。
好きな子が酷い目に合って欲しくない、というのは誰でもが持つであろう当たり前の感情だろう。

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12月09日(木)
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