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リュカの日記
by リュカ
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終わったと思ったらまたレスをつけられていた。
相手の幕引き文句まで削除されてて。
理不尽な理由で因縁つけてきた癖に正当ぶって。
卑しい理由を必死で隠して。
自分の方から滅茶苦茶ないちゃもんレスつけておきながら、それに反応するこっちを変扱い。
普段良い人ぶっている奴らの底が見える。
人間のくだらなさ、汚さ。
どんなに立派風に御高説してるような奴らでも、状況が状況になれば結局自分に非があると自覚しながらも、くだらない負け惜しみ根性から正論ぶってこっちを否定してくるのだ、という事を、こういう事があるたびに痛いほど思い知る。
さらにその汚さを、同じような理不尽な奴らの集団心理でうやむやに流す。
そういった人間としての「底」みたいなものは、結局どこに行っても、人間と対するたびに感じられるもので、本当にうんざりだ。
やっぱり、人間というものが好きになれない。というか嫌いだ。
その中にあっても、タイプの子だけは常に特別な存在であり続けた。
それなのに、以前のような強い思い込みが消えてしまって、本当に残念だ。
そういう少年を思い浮かべると、まだ世の中や社会にも救いが残されているように思えたりもしたのに、今は少年に対してそういう風に感じる事ができなくなっている。
初めてその掲示板に書き込んだ時から「どこの奴でも、どうせ底が知れるんだろうな」みたいに見切りをつけてた部分はあったので、初対面だからと最初から媚びるような態度で接したりはしなかったので、それは良い判断だったかな。
そういった理不尽的なものはとことん追求してやらないと気が済まない性質のようだ。
子供の頃から、そういった大人でも分かりにくいような矛盾や卑しさや理不尽さに人一番敏感なところがあったのだが、それらを表現するだけの言葉は持たなかった。そのために逆に「何言ってるか分からない」とか「頭大丈夫か?」みたいな感じで、相手も俺が何に対して腹を立てているのか本当は気づいているだろうに、こちら側を変人扱いして言い訳をする機会を与えてしまう事が多かった。そのために悔しい思いをする事が多かったし、そういった時に感じた怒りというのは今でもリアルに思い出す事ができる。
それについての悔しさみたいなものが、未だに残り続けているのだと思う。今現在にしても、そういったものに対しては凄く敏感なままだ。
今では大概の事は言葉で表現できるようになったけど。
「それだけ正論ぶるんなら、お前らはどれだけまともな大人なんだよ」みたいな想いも強かった。本当はお前らが正しいのか?みたいな期待もあったように思う。
実際に自分が大人になってみて、自分の感じた事をちゃんと表現するだけの言葉も持ち、その上で実際に正当ぶってる大人と接してみて「やっぱり、思ってたとおり、こいつ等ただのくだらない奴らじゃないか」というのが嫌でも痛感させられる事が多くて幻滅してる。
人間にはうんざりだ。
ショタコン親父にしてみても、いい歳をこいて俺より道徳観の劣る奴らばかりだしな。
メッセのオフラインメッセージが全て消去されている事に気づいた。
この前、パソコンを修理に出した時にリカバリされて、それで全部消えてしまったようだ。
今まで、たまに読み返す事が多かった。
もう、2度ともらえないような言葉もある。
あの子から入ったオフラインメッセージも含まれていた。
それらが全部消えてしまっていて、かなりショックだった。
午前11時頃に目が覚めた。
学校へ行ってきた。
2時限目の英語。
今回は俺が指定された範囲の問題を答えなくてはならなくて、事前に出されていた課題も半分くらいは済ませていたのに、この授業に間に合わなくて出席する事ができなかった。
4時限目の映像論。
数年前に母親から薦められて、いつか観てみたいと思いながらも忘れさってしまっていた映画、「ブリキの太鼓」が少しだけ上映された。
断片的にいくつもの映画を上映していく。
70年代の映画が多かったけど、どれも続きが観てみたいものばかりだった。
5時限目の人間関係論。
いじめと非行の特徴についての授業だった。
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12月06日(月)
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