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リュカの日記
by リュカ
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俺から動画をコピーして盗みやがった分際で、開き直って居丈高に俺に説教し、日本語も怪しい訳の分からん言葉を無理やり紡いで文章にした超が付くほど長い超長文でまくし立ててきて、こっちがそいつの意味不明な日本語を何とか解読して「こういう意味だろうな」と慮って捉えてやって、捉えてやった意味を前提として反論したら、後出しじゃんけんで「俺がいつそういう意味で言ったって言うんだよw」と逆手を取ったり。
ありとあらゆる事をねつ造し自身の落ち度を隠ぺいし、自分は何一つとして非を認めない分際で、事あるごとにこっちには謝罪を要求。
二言目には「謝罪しろ、謝罪しろ」だ。
そして、自分が言われて悔しかった台詞や使えそうだと思った文言はひたすらにオウム返しし、しかも「自分が先に言ったんだ」と、その起源を主張。
まじで在日のテンプレートみたいな反吐が出るような野郎だったわ。
別に俺はネトウヨでもなんでもないけど、あそこまであからさまに卑劣な奴にはリアルで会ったら直接ゲロを吐きかけてやりたいような気持ちになるな。
あ〜、まじ胸糞悪ぃ・・・
あいつがやってるのって、まじで声闘(ソント)その物だわ。
どちらが正しい、正しくないに関わらず、如何に居丈高に大声を出して相手を黙らせるかで勝ち負けを決める朝鮮半島の文化声闘(ソント)。
盗人猛々しいとはまさにあの事。
思い出すだけでぶっ殺したくなる・・・

「サイコロジカル」の続きを読んでる。
主人公のいーちゃんと、兎吊木が、「玖渚友がいかに自分にとって大きな存在か、自分という存在が如何に玖渚友の中の割り合いを閉めているか」で競うように議論しているのが心底気持ち悪いと感じた。

YouTubeのお茶のCMで、もっくんと宮沢りえが共演していた。
これ、93年の「西遊記」コンビじゃん。
偶然そうなったのか、狙ってキャスティングしたのか知らないけど、驚いた。

西尾維新のシリーズには色んな才能を持った人間が登場してくる。
俺にも何か才能めいた物は無いかなと考えてみたけど、共感覚くらいしか思いつかない。
俺には文字や数字、アルファベットなんかが特定の色のイメージを想起させるという感覚がある。
「あ」は赤色、「い」は白っぽい灰色「う」は肌色で「え」は灰色がかった水色で「お」は青色。
そんな感覚。
こんなの何のメリットもねーじゃんと思って「共感覚 メリット」でググってみたら、言葉を記憶しやすい、というメリットがあったみたいだ。
「青色っぽい言葉だったな」と思えば、それだけでヒントになって言葉を思い出す事が出来たり。
因みに「リュカ」という言葉は俺の中じゃライトグリーンだ。
「ファン太」は雲の色に少し青い透かしが入ったような感じの色で「てん」は女郎蜘蛛の色。
「て」が肌色っぽい黄色で「ん」が黒だから。
「L」ならレモン色で「R」はパープル。
「男」は黒で「女」は赤だ。
これはランドセルのイメージからかな。
そういえば幼稚園の時、先生が「『1』って数字は何色かな?」とみんなに質問してたっけ。
俺は迷わず「白」と答えたのを今でもよく覚えてる。
因みに「0」なら灰色だ。
あの時、先生は何を意図してそんな質問をしたのだろうか。
文字や数字から色を連想する人間の数は少ないらしいのに、クラスみんなに向けてそんな問いを発してて。
子供の頃なら多かれ少なかれ誰でも持ってた感覚なのかな。
俺には児童心理学は分からないから、何とも言えないけど。

そういえば、大学の絵画の授業。
俺は絵は基礎が全く出来ていないので糞下手なのだが、先生に「○○君(俺の名前)は色使いが凄く良いね」と何度もよくほめられた。
俺は油絵にしろアクリル絵の具にしろ、原色では絶対塗らない。
いくつもの色に色を混ぜ合わせ、自分の納得のいく色が出来るまで作業を続けて、初めてキャンパスに色を置くのだ。
そういうのも共感覚が役立っていたのかな、と思う。
一節によると、芸術家に共感覚を持ってる人が多いとの事らしいので。
因みに共感覚と言っても、人によって何色が浮かぶかは千差万別だそうだ。
俺にとって「あ」は赤だけど、別の人には肌色だったりするらしい。


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09月01日(木)
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