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リュカの日記
by リュカ
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その事だけで、「俺なんて死ねばいいのに・・・」とまで感じてしまう。
俺は子供の頃から容姿をもてはやされる事が多かった。
可愛いだの綺麗だのかっこいいだの。
友達の親だの、女子連中からしょっちゅう言われ。
初対面の人間からは、8割方の人間から女だと間違われ。
自分で言うのは痛すぎるから厭なのだが、
何というか、周りの人間たち、特に大人たちから、まるで「自分以上に容姿の綺麗な人間は居ない」みたいなイメージを植え付けられ続けていたような感じだった。
もちろん、他人の容姿に「綺麗だ」と強く感動を覚える事なんて一度も無くて。
父親からも「お前は性格は最低に歪んでいる。取り柄といったらスキーが出来る事。あと顔や」みたいな事を何度か言われた。
俺は、それが気持ち悪くて仕方が無かった。
母親からはしょっちゅうジャニーズ入りを薦められたり、子役になれるだの言われ続けて。
俺はそれが心底厭で、必死に断り続けてた。
一般的な感覚では考えられないかもしれないが、昔の俺は、容姿を褒められる事が何にもまして厭だった。
照れくさいを通り越し、かなりのコンプレックスを持っていた。
多分、俺が容姿を褒められる事に対して感じていた感覚というのは、女がセクハラを受けた時に感じる感覚に近いものがあったと思う。
それ以上だったかもしれない。
ずっと平均的になりたいと思い続け、いっその事不細工になりたいとまで考えていた。
でも、そんなコンプレックスも、中学に入ってタイプの少年に心打たれた事により、一気に消し飛んでしまった。
俺は後輩の姿に「こんなに綺麗な少年は存在しない・・」と強い感動を覚えた。また、少し安心感を持っている部分もあったと思う。
今まで散々可愛い可愛い言われ続けた自分なんかより、遥かに可愛い男の子が居る。そう言われ続けるべきはこの子であり、自分じゃない。
その役目はこういう子こそが引き受けるべきなのだ、と。
肩の荷が下りたような気持ちもあったと思う。
次第に、俺も二次成長が始まって、どんどん容姿が崩れてく。
この時になると、自分がその少年に釣り合えない事こそがむしろコンプレックスになっていく。
であるにも関わらず、それから数年の間も自分は他人から「かっこいい」だの「可愛い」だの言われ続けた。
もはや、俺はそういうタイプの少年以外の容姿を「良し」と感じる事は無くなっていた。自分も含めて汚い汚い。
そういう少年以外は綺麗じゃないのに、自分なんて下の下のまがい物でしかないのに、何でこんな風に評価されたりするのだろう。
タイプの少年に釣り合えるような容姿の人間になりたい、タイプの少年に近づきたい。そんな気持ちを強く持っていながらも、俺は自分の容姿を褒められる事に、そんなどうしようもない歯痒さを感じるようになっていった。
明らかに「そうでない」にも関わらず、言葉の上ではタイプの少年と同じような評価を受ける事に、強い歯痒さを感じてた。
歳を取るごとに、どんどん汚くなっていく。
もう、後は汚く醜い中年親父になるだけだ。
それがたまらなく厭になる。
子供の頃の俺は、何て馬鹿なコンプレックスを持っていたんだろう。
所詮、その当時の俺でも、どうあがいたところでタイプの少年には釣り合えないのに。
なら、今よりかは少しでもタイプの少年に近かったその頃の評価を、子供の頃もっとポジティブに受け止めておけばよかったな、と。
何か、勿体無いような気持ちになった。
口の中のモゾモゾ感から発展していき、色々な事を思い出し、果てはそんな考えにまで行き着いた。
でも、昔の自分の写真を見ても、全然そんな風に評価を受けるような容姿じゃない。
何でこの容姿であそこまで評価を受けていたのか、不思議になる。
極端に俺の写真写りが悪いのか、それともタイプの少年の存在によって美的感覚が肥えてしまって、全てが醜く見えてしまうようになったのか。
その両方かもしれないな。
何で昔の俺は、あの汚い容姿であそこまで評価されていたのか。
松田龍平も、何であんな気持ち悪い顔なのに、色んな映画で美少年役に抜擢されたりしてるのだろう。それも納得行かないし。
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03月27日(火)
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