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リュカの日記
by リュカ
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それでも、少年に対して絶対感を感じていた俺は、ありえないような話に対して納得なんてしようがないし、納得しようともしなかった。というか、納得できる条件さえなかった。
そこで意識(価値観?)を切り離してしまえば、せっかくそこまで意識を強めてくれる存在が自分の中に現れたのに、また全部消えてしまって全てに価値が見えなくなる。
「少年が価値を置いてるものだから、自分にとっても価値があるんだ」という風に、何かに対して強く「良いモノ」を感じる事もできなくなる。虚無だ。人生そのものに価値がなくなる。
結果から言うと、立て続けに受けたショックで、納得できもしないのにその意識(価値観)を切り離してしまった。心にしこりは残り続ける。
一度捨てたものは元には戻らなくて、後になって必死で前の価値観にしがみついて同じように考えよう、感じようとしてみせたところで、結局俺自身の本質は不謹慎で中途半端で意味のないものに戻ってしまった後だった、と。
思い入れがあるから苦しくて、思い入れがあるから欲望が過大で、思い入れがあるから保護したくて、思い入れがあるから大事にできて、とか。
少年さえ無事で居てくれれば、その思い入れは財産だ。
欲望への思い入れを優先すれば、その他の全ての思い入れを無価値にしてしまうのが分かっていたので、そんな目にさえ合わずに無事でいてくれたら、少年を汚さず、多分その思い入れ(欝)とも上手く付き合っていく事も出来たと思う。「欝と上手くつきあう」みたいな格言も聞いた事があった。
タイプの少年への異常に強い思い入れを捨ててしまった、もう戻らない・・・
少し自己分析みたいな感じで考えてみた。

というか、何でタイプの少年に対して「大事にできる」なんておこがましい考えを持つようになったのだろう。
そんな子は、ショタコン野郎なんかに大事に思われる事自体気色悪く感じるのが前提だったはずなのに、今の自分は「大事にできるだろうか」とか「大事にできたら」とかいう風に考えてしまう事が日常だ。
絶対に手が届かない尊い存在である少年なのに、一度向こうから好きになってくれたりしたのがカルチャーショックみたいな感じで、感覚ズレてきたかもしれない。
いくら大事に大事に思おうと、かえって迷惑がられるくらい手の届かない存在なんだ、じゃないと尊さを感じるのも薄れてきたりするのだろうか。
なんか、自分は人の好意を仇にしてしまう事が多いな。

午後9時半頃に目が覚めた。
なんとかクリスマス中に起きる事ができた。
今日は25日で、22歳になってからちょうど1ヶ月目だ。

12月25日(土)
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