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リュカの日記
by リュカ
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少年以外にあまり何も感じない事は、少年にだけ強い感情を持てている状態でなら強みになったりするけれど。
少年以外が酷い目に合わされる事に悲しみ、怒り、同情する人間が少年に接する際の言動が余計に軽はずみに思えたりする。
その人間は少年とその他を同列並に見る。俺は、少年を他人の何百倍にも感じる。その人間が少年を気遣う感覚は、俺が少年以外の人間を見る感覚程度しかないのだ、と感じる。
ブリーチという漫画が沢山出回っているので、集めてみることにした。
一応連載開始からずっと読んではいたのだが、殆ど流し読みという感じで頭に入っていない部分が多かった。
この前落とした「ソウ SAW」という映画を観た。
主人公が自分の足をノコギリで斬り落とし、床をはいずりながら銃を手にしているシーンが衝撃的だった。
足を切断したせいか、全身の血の気が引いて真っ白になり、声が曇っているのが怖かった。
その衝撃から、色々な事を意識した。
俺は、少年を助けるためにノコギリで自分の足を斬りおとせるか?と聞かれても、ハッキリと「はい」と言えるだけの自信がない。それは価値観が強まっていた以前もそうだったと思う。
自分が拷問を受ける事と少年を助ける事を天秤にかけなければいけない状況、というのをリアルに妄想する事が多かった。
どれだけの痛みになら耐えられるだろう、どれだけの拷問までなら受けられるだろう、と。そんな日がこないとも限らない。
そういう状況になれば、アドレナリンで痛みや恐怖が飛ぶのかな。
「絶対に無理」だと感じるような痛みもあるだろう。
少年を目の当たりにしても、俺が拷問を受ける事を拒否する場合もあるだろう。
でも、もし自分がそれらを拒否したら、少年に対する想いも全てニセモノに変わってしまう。
そんな状況にはなってほしくない。
恐怖を感じる想像できうる肉体的な痛み、とすると、実際に自分が今までに何度も受けた事があるような、殴られる痛みや蹴られるといった、日常化していたリアルな痛みよりも、生きたまま切断とかエグル、ひきチギル、裂く、目を突き刺すといった拷問的なものが一番イメージされやすい。
俺は人一倍痛がりで、子供の頃からそうやって、いつか自分が受けるかもしれない、そういった類の恐ろしい痛みが浮かんで、恐怖を感じて眠れなくなったり、リアルな痛みを与えられるような時は、それがエスカレートして、そういった恐怖を感じる類の痛みに繋がっていく可能性を恐れ、大して痛がってもいない癖に痛がるフリをして、それに繋がる前に何とか終わらせようとつとめる事も多かった。被害妄想が強すぎるおかげか、実際に殴られてみると「あれ?この程度?」と感じる事も多くて、何とかその恐怖にまで繋がらないように、と考える。大して痛がっていない事がバレると、さらにエスカレートしていくのだという事は目に見える。
その後の自分の性癖に繋がっていったのも、元はそういった恐怖感から繋がっていった部分もあるのかな、と自己分析してみる。
そういったえげつない事、というのがイメージされやすい部分も強かったし。ヤンキーみたいな生活をしていた時は、そういった毎日のプレッシャーが凄かったな。俺はかなりのヘタレだった。
少年以外の人間がそうされる時、自分がそうなる可能性を浮かべない分にはあまり何も感じない。少年がそういう事になる可能性に関連付けられる事はあるけど。
少年と絡めて考えてみても、自分が受けるかもしれないそういったえげつない拷問への恐怖、というのはいまだに頭の中で克服しきれていないと思う。
少年が被虐させられる事を思い浮かべた時、自分が受ける可能性よりも憎しみを感じる事が多い。欲求に繋がるからか。自分が欲求を感じる事=自分が許せないと感じる事。
それとは別に、少年を浮かべて恐怖を麻痺させられる時もある。
少年が痛みを受けたのに、または受けるかもしれないのに自分なんかが痛みを恐れて善いわけがない、と恐怖を感じる事自体が凄く自己中心的な事に思えたり。
でも、俺だったらそれを拒否するかもしれないと思った場合でも、同じ状況で拷問を受けずに少年を犠牲にした奴がいたとしたら、俺はそいつを責めると思う。
今日は痛みについて考える事が多かった。
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12月04日(土)
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