ID:104448
暴かれた真光日本語版
by 日記作者
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その他、色々な間違い集
一年前に、崇教真光の教え主の後継者(教え主代理)の発表があったが、機関誌での発表内容は笑えるような間違いだらけであった。実例をお目にかけよう。
お代理様は『あまりにも大きな御神名』といっているが、これは『御神命』の誤りである。巻頭カラー写真を見ればわかることである。記事の掲載された月刊「崇教真光」誌平成14年11月号と、翻訳文がのっている英語版機関誌“SUKYO MAHIKARI International Journal Vol.1 No.5 (Dec 2002)”を対訳比較してみよう。
〔1〕P18 十月度月始祭教示(岡田恵珠師)
今後は、御神命を賜るみ役者と共に“神のみ意(こころ)を地上に顕現”していただかなくてはなりません。
(pp12) I would like yokoshi kamikumite to work together with the one who has been entrusted with the mission of realizing the will of God on earth.
【解説】ここでは、「御神命」を“mission”と訳している。
〔2〕P30-31 教え主様お代理御礼言上(岡田晃祀師)
あまりにも大きな御神名ゆえに、私は何度か躊躇し、御辞退申し上げましたが、教え主様より「神様の御意ですから、真ス直にお承けするように」との厳しくも愛に満ちた御言霊を賜り、茲に私は畏(かし)こき御神命を拝し、お代理のみ役を拝受させていただきました。
(pp21) This mission is so daunting that I hesitated to accept and even declined this role several times. However, Oshienushisama gave me strict but loving guidance, saying, "It is the will of God. You need to accept the role in accordance with God's will." Thus, today I have accepted the august and sacred command to serve as acting oshienushi.
【解説】ここでは、「あまりにも大きな御神名ゆえに」を、“This mission is so daunting that”と訳している。つまり、元原稿では「御神命」となっていて、そのコピーが広報部と国際部に渡された。広報部で印刷時に誤字のミスをしでかしたが、国際部では元原稿どおり正確に翻訳したとみられる。後半では、「御神命」を“sacred command”と訳している。
同じ「ゴシンメイ」でも、漢字が違えば言霊が異なる。例えば、「マヒカリ」の「マ」の言霊は、「真」と「魔」の二通りの意味があるそうだ。
〔3〕P41 岡田晃祀 略歴
一九四七(昭和22)年十月 東京都渋谷区に生まれる
一九六四(昭和39)年七月 神組み手となる
(pp26) A brief outline of the life of Koshi Okada
1947 October: Born in Shibuya, Tokyo, Japan, as Tairoku Teshima.
1964 July: Became a kamikumite
【解説】英文誌では“Tairoku Teshima”と出生時の本名が書かれているのに気づく。元原稿では「手島泰六」という本名が書かれていたのを、おそらく印刷直前になって削除決定したのだろう。広報部では邦文誌での本名削除を行ったが、国際部へは伝達不十分のため、元原稿どおりSingaporeで印刷されたと見られる。海外組み手のみに真理が伝わるとは不思議だね。英文誌の方には秋季大祭の写真がのっているから、訂正する余裕は十分あったはずだが。初代の頃の「真光」誌をみると、「手島泰六」氏が書いた文章が数多くみられる。今さら隠すこともないだろう。
ちなみに、H14年10月度月始祭では“岡田晃祀(こうし)”と名乗っていたが、翌月の秋季大祭では“岡田晃弥(こうや)”に改名した。『あまりにも大きな御神名』をどうして簡単に変えるのか、理解できない。
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〔1〕「崇教真光」誌 平成14年12月号
(i)秋季大祭教示(岡田晃弥師) P21
私が「神理正法」のみ教えを初めて知りましたのは弱冠十七歳の時でありました。
その時、救い主様は燃えるような目を輝かされ、わずか数名の私たち若人に
「来るべき二十一世紀前半には火の洗礼の大峠が来ます。その時既に私はいないが、今の若い人たちは必ず大峠に直面するのであるから今からそのつもりで正法を身につけ、来るべき天の時を乗り越えて行かねばならない」と御教示下さいました。
(ii)秋季大祭感謝御礼言上(11月3日) P51
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12月16日(火)
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