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暴かれた真光日本語版
by 日記作者
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■在ペルー日本大使公邸占拠事件
出版協会 1998年3月 ISBN 4-14-080365-7
83 名前:在ペルー日本大使公邸人質事件9 投稿日: 2007/12/07(金) 11:58:13
5.付記
手かざしに限らず、崇教真光誌で組み手の語る人質生活の様子と他の人質の手記を読み比べる
のも良いと思われる。たとえば当然のことながら崇教真光誌の体験談では、人質ではなく
自分の意志で残ったウィッチ神父のことや来邸するシプリアニ司教によるミサには全く触れていない。
ちなみにペルーは人口の95%がカトリックである。
人質127日 ペルー日本大使公邸占拠事件
P68
「私は、ここに残りたい。ここにいる人たちは私を必要としている。私は、人質の皆が
解放されるまで、ここに残ることを希望する」
踊り場に集まっている残留者たちから大きな拍手が起こる。パシフィコ大学の教授である
ウィッチ神父だった。セルパは、一瞬沈黙するが、アラベと言葉を交わし肯いた。
外の世界からみればウィッチ神父は人質の一人だったが、侵入者たちは、神父は自分の
意志によりボランタリーで残留しており、MRTAの意志ではないと明言する。従って、
神父は自分が公邸を出たい時には、いつでも自由に退邸出来た。だが、彼は、自分の言葉
通り人質全員が解放されるまで公邸に残ることになる。
P101
シプリアニ司教が来邸して開くミサに、日本人の人質は当初出来るだけ参加した。信仰上の
問題でなく、人質の解放のために粉骨砕身の努力をしている司教に対する素直な感謝の姿勢と、
そのミサの中で得られる情報を取得したいという気持ちがそうさせた。
他のペルー人人質のほとんどは信徒として参加しているが、その雰囲気の中で信仰を持つ意義も
感じることが出来たと私は思っている。人は皆「神の子」であり、神の手に委ねられるという
言葉は、今の私たちの境遇にピッタリだった。
もっとも、その「神」はフジモリ大統領かも知れないし、侵入者の首魁セルパかもしれない。
また、組み手による手かざしよりもラジオ第1体操の方が人質たちの心身に好影響を与えたのでは
ないかという気もする。(ラジオ第1体操に関しては「ペルーからの便り」 P175-176)
ほかにも「リマ症候群」や人質の自治と秩序回復の速さなども目をひく。
08月23日(火)
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