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暴かれた真光日本語版
by 日記作者
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■083 gn
*債権者とは関口氏。つまり、松平事務長が「おみ霊送り」という初代光玉の葬儀の大会場で組み手に「初代は関口さんと遺言しました」とマイクで伝えたにもかかわらず岡田甲子氏を支持する幹部、信者は極めて多数に達し、ついに甲子氏が「私が二代でございます」と秋季大祭で公言しても「初代の遺言は違いましたよ。おみ霊送りの遺言発表で聞いたことと違う」と組み手達は言わなかった。すると信者たちは上の言うことを、何でもいいなりに従った結果、何と教祖様の遺言でさえ、踏みにじり、甲子さんのほうが霊能力ありそうだから。病気治しに効きそうだからと、光玉の最期の望みも平気でつぶしてしまったのだろうか?判決文が「おみ霊送りの際の松平事務長の発表にもかかわらず」としたところが、普通の集団では考えられないところなのかもしれない。これには「情報操作」という経過もあるかもしれないが、ともかく、「おみ霊送り」で皆耳に記憶しているのだから。「病気さえ治ればいい」という信者の執念が、このような集団心裡を生み出し、結果、光玉の遺言なんてどうでもいいという方向に流れたのか?大変、皮肉な感じがします。
中外日報には、この時期の教団預金口座、そのめまぐるしい名義変更もレポートされており、原因は莫大な資金の争奪戦であることは暗黙のうちに誰でも読み取れることである。しかし裁判は代表役員の地位保全であり、誰が正当にそれを管理すべきかという問題である。
中外日報・昭和57・9・6に拠れば、「9月26日、仮処分裁判第一回審訊が行われた後、恵珠氏等は、裁判に有利な証拠づくりを画策し、10月2日、臨時幹部会を開く。その席上で、6月25日に恵珠氏自らが発表した「二代は関口さん」との初代教え主の遺言を否定し「二代は恵珠様」とする内容の確認書を作成する。」
「つくりかえられた確認書によると、6月25日に恵珠氏が発表した初代教え主の遺言は次のようになっている。6月13日の朝、父(初代様)にご神前に呼ばれまして(中略)二代のお代理用の御み霊をお預かり致しました。(中略)」
*関口氏に渡したのは、お代理用と言い直している。
*しかし初代の遺言は、記事に拠れば、
「6月25日の遺言については、7月17日、18日の両日、出席者全員が署名捺印した確認書(資料1)を提出(裁判所に)している。その一月半後に、その確認書を否定する第二の確認書をつくったわけである。」
*先の遺言を否定する第二の確認書をみんなでつくってしまったという事。
「その上、恵珠氏にくみした幹部等は、最初の確認書に対しては、次のように説明書をつくり、裁判所に提出した。『先般二代教え主様指名に付ての書面に署名捺印致しましたが、その内容も良く見ない中に、早く早くと急がされて提出したものであります。(中略)改めて今回の署名捺印に及びました』無論、こうした真実を被い隠した言いわけ文を、裁判官が納得する筈もなく、真実は後の判決で明らかにされるわけだが、(中略)彼等は7月17,18日の両日、真実の確認書に署名捺印しているが数名を除いてあとは全て実印である。いやしくも教団幹部として組み手を指導すべき立場にある者が『内容も見ない中に早く早くと急がされて』大事な実印を押すものだろうか。」
「二通の確認書を見ると、一部語句の変更ではなく、『二代は関口さん』とあるのを、『二代は恵珠氏』と書き改めるもの。その無定見、無節操ぶりには驚くばかりである。彼らさえしっかりしていたら一部幹部がいくら画策しても、教団全体が翻弄されることなく、世界真光文明教団の”天一坊事件”も存在しなかったであろう。」
*これは俗にいう「遺産相続をめぐる遺言捏造」ということではないだろうか?
*注目すべきは、関口氏サイドが、甲子氏を、”天一坊”と呼んでいる点。つまり甲子氏は関口氏ら、古参の幹部にとって、降って湧いて出た目新しい女性だったのか?いつから初代の身辺、幹部連の前に娘ですと姿を現しはじめたのだろうか?既出の週刊誌などでも、元真光隊員だとか、元看護婦だとか、また「暴かれた真光」では元救世教で知り合った女性とか、
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04月21日(水)
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