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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「クララ・シューマン 愛の協奏曲」


私のようにクラシック音楽に疎い人でも、シューマンやブラームスは馴染みが深いはず。この二人とシューマンの妻であるクララの三角関係は、書物で読んだことがあり、知っていました。しかし作品の方は、主に芸術家の才能との葛藤を軸に描いてあります。高尚でもなく下世話でもなく、品よく描けている秀作で、芸術の秋にはぴったりの作品です。監督は女性でブラームスの末裔である、ヘルマ・サンダース・ブラームス。

ロベルト・シューマン(パスカル・グレゴリー)とクララ(マルティナ・ゲデック)は、作曲家とピアニストの夫妻。7人の子をなしていますが、生活の為、二人で演奏ツアーに出ています。そんなある日、若き無名の作曲家ヨハネス・ブラームスと出会います。楽団の音楽監督としてロベルトが招かれることとなり、やっと家族揃って安住の家を持てた時、再び夫婦の前に、クララに捧げるピアノ曲を携えたヨハネスが訪ねます。彼の才能を見込んだ二人は、ロベルトの後継者として育てるため、ヨハネスを同居させます。

冒頭は素晴らしいピアノ演奏を見せるクララのシーンで始まります。自分の曲を弾く妻に聞き惚れる夫ロベルト。うっかり結婚指輪を落としてしまい、偶然拾ってくれたブラームスを睨みつけます。拾ってくれたのに、無礼ではありますが、それほどシューマンにとっては人に触られたくないものなのでしょう。妻であり我が子たちの母であり、そして自分の書いた曲を豊かな表現力で完ぺきに奏でるピアニストでもあるクララ。このシーンに、シューマンの妻への気持ちが凝縮されていたように思います。

旺盛な仕事ぶりとは裏腹、シューマンは酒浸りで始終頭痛に悩まされています。おまけに気難しく人前に出るのが苦手。楽団員の前で指揮に失敗した夫に代わり、クララがタクトを振ります。女性蔑視が半端ではなかった時代、心無い言葉を浴びせられながら、見事に楽団を指導するクララ。凛とした強さに溢れるこの姿は、どこから来るのでしょうか?

「楽団員の前では威厳を見せて。生活がかかっているのよ」と、夫を叱咤激励する一家の主婦としての責任。そして天才ではあるけれど、頼りない夫を持ったため、彼女はその力を発揮する機会が与えられた訳です。秀でる才能を持ちながら、偏見で埋もれさせてしまった女性たちは、当時はたくさんいたでしょう。見事な指導のあと、草原を走り寝そべるクララの表情は、内助の功を成し遂げた顔ではなく、自分への喜びに溢れていました。

次第に幻聴も聞こえるようになってくるシューマン。一説には若い時に患った梅毒が原因との説もあるらしいですが、映画では自分の才能を持て余し、いつしか才能の枯渇に恐れたシューマンが、精神的な病に向かったと感じさせます。アルコールでは利かなくなり、次に手を出したは薬物でした。

最初は断るも、悩みながらも夫のために薬物を手に入れるクララ。妻としては、毅然と断るべきでしょう。例えそのため、シューマンが曲を作れなくなり生活が困窮しても、彼女がピアニストとして働けば良いわけです。しかし夫の才能を誰よりも愛したのは、妻であるクララでした。シューマンの曲を聴き、感動の涙を流すシューマン宅の料理人の老婆。生活感に満ちた、芸術とは無縁であるような市井の人の心をも感動させる夫の才能を、枯らせてはいけない。それは同じ音楽家であるクララが、曲を作れない夫の辛さを誰よりも理解してしまったため、与えてしまったと感じました。

薬物と妻に依存するあまり、DVまがいのこともしてしまう夫。許してしまうクララには、「私がいなければこの人は・・・」という、そういう夫を持った人の、根源的な部分も見えてしまいます。男女でもあり芸術家同士でもあったため、必要以上に絆が深かったのかなとも感じます。


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09月13日(日)
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