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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「シークレット・サンシャイン」
しかし監督はキリスト教を決して否定してはいません。シネに誘惑されながら、「神の前でこんなことは出来ない」と、思い留まるキム執事の夫は、人間くさく立派だと私は思いました。決して据え膳食わなかった意気地無しではなかったと思います。
そして何よりも素晴らしいのはジョンチャンの存在です。シネに踏まれても蹴られても、どんなに自尊心を傷つけられても、無償の愛を与え続け、片時も彼女の側を離れません。例え彼女がどんな姿をしようともです。一度だけジョンチャンが怒ったのは、「あなたも私とセックスしたい?」と、嘲笑するように彼女が言った時だけ。
シネが信仰から離れても、彼はまだ続けています。「最初は彼女目当てだった。でも教会に行くと心が安らぐんだ」と語る彼。何度も劇中で出てくる「目に見えないことを信じることが大切」という言葉。ジョンチャンこそが、目の前のシネの現象に惑わされることなく、目には見えないシネの不器用さや哀しさを受け止め、愛しているのだということがわかるのです。
自殺未遂のため精神病院に入れられたシネが退院する時、ジョンチャンが彼女のために買った服は、少女が着るような清楚なワンピースでした。何があっても、シネはジョンチャンにとって、永遠に「聖女」であるのでしょう。
退院後のシネを襲う更なる試練。神様って本当に意地悪だなぁと思う私。しかし美容院をカットの途中で飛び出したシネを見つけた、心やすいブティックの女主人は、「あなたの言っていた通りにインテリアを変えたの。お客さんも増えたわ」と、嬉しそうに伝えます。そしてカットの途中のちぐはぐな髪形を見咎め、「何しているの?頭がおかしいんじゃないの?あっ・・・」と言って口ごもります。シネが精神病院に入院していたことは、町中が周知のことでしょう。それでも偏見を持たず、彼女が喜んでくれるだろうと駆け寄った女主人なのです。その善意に心を溶かせたシネは、初めて心から声を出して笑うのでした。私はこの映画の中で、このシーンが一番好きです。
「オアシス」にも似た、ラストの力強い再生の姿。彼女が嫌っていたはずの俗物であるジョンチャンに、私は必ず心を開くと信じたいです。ジョンチャンと同じ、愛すべき俗物たるブティックの女主人へ向けた彼女の笑顔は、その前振りだと思います。そしてその後、また信仰の道に入るも良し、入らぬも良し、それは彼女次第だと思います。
シネは父親とは和解せぬまま、最後まで確執を持ったままでした。対するジョンチャンは、鬱陶しく思いながらも母とは適度な距離を持ち付き合っています。儒教の考え方では、親を否定する者は決して許されません。二人の心の様子の対比は、ここにも繋がるように感じます。
ドヨンはこの作品でカンヌの主演女優賞を取ったそうです。本当にすごい演技で、心打たれました。この題材はヨーロッパの人にも身近なもので、理解しやすかったのはないでしょうか?ガンちゃんも素晴らしい!愚直なジョンチャンの姿は心が洗われるような気がします。
とてもとても個人的に起こった出来事を通じて、社会情勢への提言としても観ることが出来、そのどちらから観ても、とても秀逸な作品だと思いました。この辺の作りは「オアシス」と同じですね。私は未見ですが、「ペパーミントキャンディ」もそうなのでしょう。イ・チャンドンは寡作の監督ですが、多分韓国一の監督なのでしょうね。
07月10日(木)
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