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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「誰も守ってくれない」
怒りの丈を勝浦にぶつける父親ですが、私はこれが彼の本音だとは思いません。「加害者の家族も」以下の言葉も、怒りに震える言葉も、両方父親の本心だと思います。ふとした拍子に、哀しみが舞い戻ってくるのは当たり前の事です。この父親は、そして母親は、その感情を沈めたくて、勝浦に会ってているのではないかと思いました。子供の死を受け止め、逃げないために。

勝浦は勝浦で、筋違いの行き場のない感情を自分にぶつける沙織に、「逃げている自分」を見つけ出したのだと思います。まだ子供の沙織には、受け止めてくれそうな勝浦に甘えてのことだと思います。しかし勝浦は。以前の事件のことは、上の指示通りやっての失態です。自分はこうしたかったのに、結果はああなった。彼の心のどこかには、そう叫びたい気持ちがあったのでしょう。そして精神科医の登板(木村佳乃)。彼の手の震えはそういうことなのかと感じました。

沙織を通じて、初めて本当に自分の「罪」を確認したのでしょう。沙織を守る事で、自分をも守る事を確認した勝浦が、画像の海岸で沙織に語る言葉は感動的です。一番弱い彼女が家族が守る。その気持ちを持ってこそ、沙織は自分自身を守れるのでしょう。

この作品は、加害者家族の人権についてマスコミが追いかけることを、ハイエナの如く描いていて、明確に否定しているように感じます。そして身内の罪を家族は背負って生きていく必要があるのか?という問いには、「イエス」だと受け取りました。何故なら、沙織はあることで兄を庇おうとします。その気持ちは家族だからという愛でしょう。ならばいっしょに罪を背負って生きていかねばなりません。だからこそ、前をしっかり向いて、太陽の下を歩ける人間にならなければいけない。周囲の人間は好奇や偏見の目で家族を見てはいけないのだ、それが私のこの作品から得た教訓です。当たり前のようですが、目の当たりにして、改めて心に刻んだ人も多いと思います。

ただ沙織に語らせた兄の犯行動機は陳腐です。あれを犯罪を起こす動機にされては、たまったもんではありません。それより追及するなら、一度も沙織と連絡を取らなかった父親。そして自殺してしまった母親ではないでしょうか?母親の場合、死んで詫びるのではなく、息子の起こした事件でショックを受けての発作的な自殺です。例えフィクションの映画でも、死者に鞭打つのは心苦しいですが、同じ母親としてひ弱過ぎです。だって沙織がいるんですよ?本来なら娘を守るのは、母の仕事です。そして出所後の息子を迎えるのは誰がするんでしょうか?無責任過ぎます。この両親の対応で家庭を知れと言うのなら、演出が甘いです。映画の方は意味を別方向に持っていってましたしね。正直私がこの作品で一番腹が立ったのは、沙織の母の自殺です。

こうやって幾つも疑問を感じながらも、一番描きたかった「加害者家族の人権」に対して、明確な答えを出しているのが、私がこの作品を好きな理由です。主役の二人以外でも、柳場敏郎、石田ゆり子、ちゃらちゃらしながら、でも仕事はきちんとこなす松田龍平の同僚刑事など、主をなす登場人物みんなが好演だったのが、作品の成功の要因だったと思います。石田ゆり子は嫌いではありませんでしたが、ずっと大根だと思っていましたが、今回聖母のような母役で、初めて彼女が良いと思いました。彼女が徹頭徹尾優しかったのは、「何故息子を守れなかったと、妻を責めました。ひどい夫だったと思います」という、辛酸を潜り抜けた人だったからだと思います。いわれなきことで自分を責め、周りから責められ、だから勝浦や沙織の心が理解出来たのでしょうね。

フジテレビとタイアップなので、来年くらいには放送されるかも知れません。でも自分の家族では無くても、周りに身近に考えさせられる事件が起こるやも知れない昨今、見る価値は十分にある作品だと思いました。

02月15日(日)
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